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ブラックボックス ②

  • 2019/06/16 15:59

「空飛ぶ……円盤?」
「UFOを自衛隊の兵器であると考えたところまでは素晴らしかった。だが、公表するのは不味かったね。自衛隊に狙われる可能性があるということを考慮していなかったのかな?」
「それは部長が公表したことで、僕は関係ないはずじゃ……」
「いいや、君にも関係あることだよ。……一番早く君が気づいた。あずさとアリスが『ブラックボックス』の搭乗員であるということに。君が『部長』と呼ぶその存在は、未だ彼女達が『ブラックボックス』の搭乗員であるということは知らなかったはずだ。全ては君が悪い。気味が悪い程にね……」
「『ブラックボックス』とはいったい何なんですか?」
「君が言った通り、空飛ぶ円盤だ。この瑞浪基地第三部隊は宇宙部隊として位置づけられている。君は宇宙部隊の意味を知っているかね?」
 えーと、確か。
 宇宙ゴミや他国の衛星を監視する役割を担っている、とかだったような……?
「何でしょうか、分かりません」
 でもここは無知を貫いていった方が何かと都合が良さそうだ。
「宇宙ゴミや衛星を監視する役割を担う、というのが表向きだ。……だが、裏は違う。起きるであろう戦争を未然に防ぐのが目的だ」
「それって、憲法に違反しないんですか?」
「違反……。しているかもしれないな。だが、世界の平和を守るためには仕方ないことだ」
 ラブリーチャーミーな敵役が言ってきそうな台詞だな、それ。
「世界の平和、って……。まるで今から戦争が起きそうな言い方ですね、それって」
「起きるのだよ、このままだと。それを阻止しなくてはならないのが我々の仕事だ」
「阻止するのが? そのために彼女達を使うって言うんですか。子供ですよ、彼女達は」
「それぐらい分かっているとも。だが、仕方がないことなのだ。我々が、この国を守っていくためには……」
「そのためなら、何をしても良いと……言うんですか!?」
「なら君が代わりになるかね? 『ブラックボックス』の搭乗員に」
 搭乗員。
 そう言われて、僕は思わず息を呑んでしまった。
 僕が、『ブラックボックス』の搭乗員になったところで、それが解決出来るのだろうか?
 僕が、『ブラックボックス』の搭乗員になったところで、彼女達は救われるのだろうか?
 答えは見えてこない。全て、暗中模索の出来事だ。
「……それは、」
 出来ない、とは言えなかった。
 やれない、とは言えなかった。
 けれど――彼女達のことを思うと、否定することも出来なかった。
「彼女達に、あのような残酷な運命を背負わせてしまったのは、悪いと思っている。それだけは言っておこう。……だが、彼女達のような存在が居てこそ、君達一般市民に平穏が訪れるのだということも分かって貰いたい」
「……そんな、そんなことって」
「否定するかね?」
 否定したかった。
 否定したかったよ、出来ることなら。
 けれど――僕は否定出来なかった。
 それは、彼女が生きているから。
 それは、彼女がそうありたいと願ったから。
 それは、僕がそうなりたくないと思ったから。
「話は未だ続く。……君には全てを聞かせてあげるべきだと、部下から言われたものでね」
 スライドは次に進む。
 そこに映し出されたのは、世界地図だった。
 日本を中心とした、世界地図だった。

 

ブラックボックス ①

  • 2019/06/16 13:42

 円盤型戦闘機『ブラックボックス』。
 名称以外の全てが暗部に隠されており、その謎を窺い知ることが出来ない。
 強いて言うならば、それが円盤型の戦闘機であるということしか分からない。
 瑞浪基地の第三部隊に先行的に配置されたその戦闘機、その存在を知るためには、第三部隊に所属するしか道がない。そして、その部隊に所属されるためには、厳しい審査を受ける必要がある。
 ブラックボックスに触れる人間は、悉く謎の死を遂げるという。
 それには何か――理由があるのだろうか。
 その答えは、何も分からない。

『宇宙研究部新聞』とある部員のコラムより


 ※

 目を覚ますと、そこは白い天井だった。
 ベッドの上に横になっていた僕は、思わず呟いてしまっていた。
「……知らない、天井だ……」
「知らない天井だか見知らぬ天井だかそんなことどうだって良いんですがね」
 その思考を中断されてしまった。目線をそちらに移すと、そこには一人の女性が立っていた。
 ピンクの髪をした女性だった。ツインテールにしているその髪型は、どこか少女らしい何かを感じさせる。
「目を覚ましたなら、ある場所に連れてこいというのは言われていたんだけれどね。……それぐらい、精神が安定してきたかな? それとも、未だ未だ難しいかな? どっちかな? さあさあ、答えてよ。時間がないんだよ、こちとら。……まあまあ悪いとは思っているんだよ。急に君のことを放り投げておいて。けれど、私は何も悪くない、というのが正しい考えかな? 何せ、私にとってはどうだって良い考えになっているのだからね。……あ、これ、上司に聞かれると減俸ものだからオフレコで頼むよ、オフレコで」
 良く喋る女性だった。
 というか、一つのことに長々と喋る女性だった、と言えば良いだろうか。
「ねえねえ、分かって聞いているかな? 私は何も思っていないのだけれど、私は何も考えていないのだけれど、ところでその考えが否定的になってはいないかな? 否定的になっているなら、考え方を肯定的に変えてみるべきだよ。笑うのが一番だよ。どんな謎的な状況であっても、笑えば一番! 何でもかんでも解決出来るさ。まあ、圧倒的力の差に愕然とすることもあるかもしれないけれど」
「圧倒的な……力の差?」
「そうそう。そんな長々と話している場合じゃないんだよ。君が目覚めたなら、ある場所に連れてこいと言われているから、さっさと呼びつけなくちゃいけないんだよ。……ねえねえ、一応確認しておくけれど、問題ないかな? 今からある場所に君を連れ出しても?」
「……問題ない、です」
 今更、逃げることは許されない。
 残された道を、懸命に進むことだけしか許されないのだ。

   ※

 案内された場所は小さな部屋だった。その部屋の中心には椅子二脚とテーブルが置かれており、テーブルの上にはパソコンとプロジェクターが配置されていた。
「……ここでしばらくお待ちください」
 女性はそう言って、僕を椅子に座らせた後、そのまま部屋を出て行った。
 手錠や猿轡などされていない状態だった。
 つまり、逃げようと思えばいつでも逃げられる状態だ。
 けれど、それが出来ない。
 けれど、それをしない。
 けれど、それをしたがらない。
 僕はそれから――逃げていたんだ。
 僕はずっと――逃げ続けていたんだ。
 今度は、逃げない。
 彼女達の運命に、従うしかないんだ。
「……逃げなかったのだね、君は」
 しばらくして入ってきたのは、老齢の男性だった。
「あなたはいったい……。そしてここはいったい何処なんですか?」
「質問は一つずつにしたまえ。そして、回答するならば、私はここで『兵長』と呼ばれている。そしてここは『瑞浪基地』。名前を聞いて聞いたことのない人間は居ないだろう?」
 瑞浪基地。
 聞いたことがない、とは言える訳がない。
 江ノ島周辺に広がる、自衛隊基地のことだ。
 その『瑞浪基地』の人間が――どうして僕と出会う機会を得たんだ?
 答えは分かりきっている話じゃないか。
「……君は『最重要機密』を逃がした。その意味を理解しているかね?」
 最重要機密。
 それはつまり、あずさとアリスのことを言うのだろう。
「……あずさと、アリスのことですか」
「そうだ。我々は『それ』のことをナンバーワンとナンバーツーと呼んでいるがね」
 それ。
 人間を『それ』と呼べる人間が居るのか。僕はそんなことを思いながら、話を聞く態度を取る。
「ナンバーワンとナンバーツーはそれぞれ『ブラックボックス』の搭乗員だった。そして、その『ブラックボックス』は、君達が推測している通り、円盤型の戦闘機である……。それは分かる話だろう?」
 そう言って差し出してきたのは。
 僕達宇宙研究部が書いた新聞の一ページだった。
 書いたのは、確か部長だったと思ったけれど――そんなことが書いてあったのか。
 僕はすっかり興味をなくしてしまっていたのだけれど。
「……『ブラックボックス』については、こちらのスライドを見て貰おうか」
 そう言って、老齢の男性はパソコンを操作し、プロジェクターのスイッチを入れた。
 すると壁面にあるものが映し出された。
 それは――空飛ぶ円盤だった。
 

夢と現実の狭間で ⑦

  • 2019/06/15 13:53

 六日目。
 朝、起きるとあずさが僕の目の前に立っていた。
「あずさ……? いったいどうしたんだ」
「行かなくちゃ……あの場所に、」
 あずさは動き出そうとする。
 しかし、僕はそれを食い止める。
「何をしているんだ、あずさ! 僕達はずっとここに居て良い。ずっとここに居て問題ないんだ!」
「違う。違う。違う……、私は、行かないといけない場所がある……」
「そんな場所何処にもない!」
「ある……私には、その場所がある……」
「ない! ないってば、絶対に、そんな場所はない!」
 あずさの力は思ったより強く、引き留められそうにない。
 アリスに助けを求めようとしたが――アリスもただその光景をじっと眺めているだけだった。
 畜生! やっぱりアリスはこちらの味方ではないのか……?
 だけれど。
 だけれど。
 だけれど、だ。
 僕はそれを止めなくてはならない。
 僕はその行動を――止めなくてはいけないのだ。
「あずさ。あずさ。あずさ。僕の話を聞いてよ。頼むから……」
「駄目。たとえいっくんの言葉であっても、私は行かなくちゃいけないの……」
「行くって何処に!?」
「『ブラックボックス』……」
「ブラックボックス……?」
 そこまで聞いたところで――僕は意識を失った。
 後ろから殴られたのだ、ということに気づいたのは、それからしばらくしてのことだった。

   ※

「いっちゃんをどうするつもりですか」
 家の前には、黒いリムジンが待機していた。
 そしてリムジンの前に立っていたのは――桜山だった。
「ご安心ください。彼には、『最後の別れ』を行わせてあげるつもりです。そのために、私達に同行して貰います。……終わったら、七里ヶ浜の家に帰してあげますので、ご安心を」
 そう言って。
 桜山は、『彼』を担いだ男、そしてあずさとアリスを乗せたのを確認して、リムジンに乗った。
 彼の祖父と祖母はそれを見送ることしか出来なかった。
 彼の祖父と祖母は――ただ彼の安全を願うことばかりしか出来ないのだった。

   ※

 リムジンの中で、桜山は電話を取った。
「もしもし……。私だ」
『その様子だと、無事「回収」出来たようだね? 桜山くん』
「ええ、兵長、ご安心ください。彼らは無事に『回収』することが出来ました。また、彼女の記憶が元に戻っていることも確認済です」
『そうか……。ならば問題はない。急いで瑞浪基地へ運んできたまえ。話はそれからだ。……「彼」は眠っているのかね?』
「ええ、問題なく。起こしますか?」
『いや、良い。今は起こす必要もあるまい。とにかく、彼らを無事に基地まで運ぶこと。それがお前達の役目なのだ。しっかりと役目を果たしたまえ。では、以上だ』
「かしこまりました。……ちっ、ほんとうに人使いの荒い兵長だこと。あ、これオフレコね。オフレコ」
「……相変わらずあんたは口が悪いなあ。桜山『兵長代理』」
「お互い様でしょう、池下『副兵長』」
 二人は、普段使わない敬称をつけて呼び合った。
 それが珍しいことでもあるかのように、二人は笑い合う。
「いや、しかし、何だ。この敬称で呼び合うのも久しぶりのような感じがしてならないな」
「そうね。……それにしても、何とか間に合ったわね。彼女が『記憶』を失って早三ヶ月……。まさかこんなにも早く記憶が元に戻るなんて」
「それぐらい、彼が冷酷で残酷な人間だった、ってことだろ。逃がしたつもりだと思っていたのだろうけれど、結局は孤独を生み出しただけに過ぎない。そして、その孤独を癒やしてやることも出来なかった訳だ」
「可哀想な子」
「可哀想、ね……。確かにそうかもしれないけれど、結局悪いのはいっくんだ。いっくんが悪いことをしなければ、何も進まなかった。我々が『救出』することもなかった」
「結局はそう……。彼のせいということになるわね」
 車は高速道路に乗っていく。
 そのまま高速道路に乗って、南へと向かっていく。
 目的地は、江ノ島に程近い場所に存在する自衛隊基地――瑞浪基地。

   ※

 夢を見ていた。
 二人がUFOに乗り込んで、敵を倒す夢。
 シンプルだったけれど、現実的だった。
 どうして現実的だと思ったのか? それは僕にも分からない。
 けれど――僕はそれをして欲しくなかった。
「やめろ、やめてくれ!」
 僕は叫んだ。
 叫んでも、その言葉が二人に届くことはなかった。
 そして僕の意識は――ゆっくりと遠のいていった。

 

夢と現実の狭間で ⑥

  • 2019/06/15 13:23

 五日目。
 とうとう記憶は僕と出会う前まで遡ってしまった。しかしながら、僕と居た記憶は残っているようで(何と都合の良いことか……)、僕のことを忘れ去ってしまっている、ということはないらしい。良かった、そこは一安心である。
「……ねえ、いっくん。私、怖いの。どうしてここに居るのか分からなくて……」
「大丈夫、大丈夫だよ、あずさ。僕はずっとここに居る」
 それは嘘ではない。
 それは感情的ではない。
 論理的に、論じて、確実に、話をする。
 それが僕にとっての一番のポイントであり、それが僕にとって最大のポイントだった。
 僕にとって――なのか、彼女にとって――なのか。
 それは分からない。
 それは分かりようもない。
 分かるはずもない。
 分かり合えるはずがない。
「ねえ、いっくん」
 あずさは言った。
 僕はあずさの言葉に頷いて。
「どうしたの、あずさ」
 そう、呟いた。
 あずさは僕の表情をじっと見つめたまま何も言わずに俯くと――ただ一言そっと呟いた。
「ううん、何でもない」
 それはどういう意味だったのか、僕には分からない。
 分からないからこそ、分かり合えないからこそ、分かり合おうとしたのかもしれない。
 だとしても。
 僕がここで過ごしていく意味は、あるのだと思っている。
 ない訳ではないのだ。
 絶対に、そう、絶対に。

   ※

 その日の夜、僕は夢を見た。その夢は長い川を下っていく夢だった。川の途中には、あずさやアリスが居る。あずさやアリスはその川を守るべく何かに乗り込もうとしている。……あれは、UFO? UFOに乗り込もうとしているのだ、あずさとアリスが。そんなこと、させるものか――僕はそう思って彼女達の居る場所に手を伸ばそうとする。しかし、川の流れは激し過ぎる。どうしても、手を伸ばしても、届きようがない。届きそうにない。届くはずがない。分かっている。分かっている。分かっているのだが――でも手を伸ばしたくなる。そうしたくなる。そうでありたくなる。そうなりたくなる。そうしようと思いたくなる。だが、手は掠め取られてしまう。何に? 分かりきっていることだ。それは、川の流れだった。川の流れは思ったより激し過ぎて、僕が手を伸ばしてもとても届きそうにないのだ。届かなくたって良い。僕はただ、その手を伸ばしたいだけなんだ――! そう思っても、意味がないのかもしれない。分かっている。分かっているんだ。でも、それが答えではないとしても、僕は生きていく意味がないのかもしれない。それが、意味があることだとしても? そうだ、そうであるべきなのだ。僕は、生きていかねばならない。この激流に、置いて行かれないようにしなければならないのだ。僕は、そういう人間だ。そして、みんなとともに生きていく。あずさとアリスの居る平穏な日常を守っていく。たとえ、それが、世界を滅ぼすことになろうったって。僕は変わらない。生きていく意味には、変わらない。僕はそう思って、手を伸ばそうとして――しかし、それを止めた。僕は何も出来ない。僕はその激流に飲み込まれることしか出来ない。僕はあずさとアリスを守り抜くことは出来ない――。
 そして、目が覚めた。

 

夢と現実の狭間で ⑤

  • 2019/06/15 07:46

 その日の放課後。
 空き教室に呼び出された池下は、その人物の顔を見て溜息を吐いた。
「……何よ、私に呼び出されるのがそんなに嫌だった訳?」
「嫌ではない。だが、お前に呼び出されるということは、明らかに何か嫌な予感がする、と思っただけのことだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……やっぱり嫌なんじゃない……。まあ、良いわ。さっき、『彼女』から電話があった。誰か、ということについては言わずとも分かるわよね?」
「高畑アリス、か」
「そう。彼女からの連絡だった。彼女は、伏見あずさの記憶が戻りつつある、と連絡してきたわ。……まったく、立派なことね。まさか彼女側からコンタクトを取ってくるとは思いもしなかったけれど」
「彼女はいったい何だと?」
「だから言ったじゃない。伏見あずさの記憶が戻りつつある、と……」
「違う。彼女自身について、だ。それについては何も言っていなかったのか?」
「……ああ、それについてなら、簡単なことよ。伏見あずさの記憶が元に戻ったら、自動的に元に戻るだろう、と。だから、そのときになったら私達を迎えに来てくれ、と言っていたわ」
「……くくく、ふはは! そうか。そんなことを言っていたのか。だったら、その通りにしてあげれば良いじゃないか。悩む必要性はない。ただそれに従えば良いだけのこと。……それにしても彼女も大変だね。自らスパイ役に打って出ようだなんて! いっくんも流石にそこまでは予想出来ていなかっただろうに」
「いっくん……ええ、そうね。彼も、とても悲しむでしょうね。高畑アリスが元から我々と繋がっていると気づけば」
「そうさ。そもそも、高畑アリスは俺達に仕えている存在。それをいっくんは理解しているはずなのに、彼女も助けようとした。それが彼の大きな失敗だった」
「……悲しむでしょうね」
「だろうね。けれど、俺達には関係ない」
「そうね。関係のないことね」
「そうとも。俺達には、関係のないことだ。……この国が救われるというのならば」
 そうして。
 笑いながら、池下は部屋を出て行った。
 残された『彼女』もまた、不敵な笑みを浮かべながら、その場に佇んでいた。
 

夢と現実の狭間で ④

  • 2019/06/15 07:36

 四日目。
 彼女の記憶退行は止まらない。
 とうとう僕と出会った日のことまで記憶が退行してしまっていた。
「……いっくん、はどういう人間なの? 私、初めてあなたに出会ったから分からないの。それに、ここは何処なの? 全然分からない。早く場所を教えてよ……」
「僕の名前はいっくん。そしてここは僕の実家。君は心配しなくて良い。だから、僕の言うことを聞いて……」
「嫌だ! 家に帰してよ。どうして、私はここに閉じ込められなくてはならないの? まったく理解できない。教えてよ。どうしてここに居なくちゃいけないのか、誰か教えてよ……」
「それは……、」
 言えなかった。
 言えるはずがなかった。
 教えられるはずがなかった。
 普通に考えてみろ? 僕が君達を助けるのは、自衛隊から君達を守るためだと、誰が言える?
 言える訳がない。言えるはずがない。
「いっくん、だったよね」
 そして、彼女は記憶の中から僕という記憶を抽出して、そうして、あるものを差し出してきた。
「それは……、昔君が着けていたペンダント……」
「今は、あなたが持っていた方が良いような気がして」
「良いの?」
「うん」
 アリスはその光景をじっと眺めている。
 アリスは、そういえば僕の行動に否定的ではなかった。彼女はずっと記憶があると思い込んでいたのだけれど、彼女もやはり逃げたかったのだろうか。
 そんなことを思っていたら、すっくと彼女は立ち上がった。
 何処へ向かうのだろうか? そんなことも僕は聞けずにいた。
 それぐらい、僕の精神は疲弊していたのかもしれない。

   ※

 トイレ。
 誰にも聞こえないようにこっそりとスマートフォンを取り出し、高畑は誰かに電話をかけた。
「もしもし。私です。高畑です。高畑アリス。……コード、0439。……うん、そう。そうです。定期報告の連絡をしに来ました」
 一息。
「連絡の内容は、伏見あずさの記憶について、です。はい、六月まで戻ってきました。あと少しで記憶が元に戻ると思います。そうすれば、彼女は自動的に元に戻るだろうと、そう推測出来ます。はい。はい。だから、そのときになれば、私達を迎えに来てください。そうすれば、問題なく、進行出来ると思います。彼? 彼については、そちらにお任せします。消す以外の手段を執って貰えれば、それで充分かと。はい。はい。分かりました。お願いします」
 そう言って。
 彼女は電話を切った。

夢と現実の狭間で ③

  • 2019/06/15 07:02

 三日目。
 さらに彼女の記憶退行は進んでいた。
 クスノキ祭についてしつこく言わなくなったのは有難かったのだが……。
「ねえねえ、いっくん。どうして私達、学校に行かなくて良いの? 学校に行かないと、部活動が大変なことになるんじゃないかな?」
「……良いんだよ、別に」
 僕はぶっきらぼうに彼女にそう語りかけた。
「良くないよ! 学校に行かないとね、えーとね、誰かがね、悲しむんだよ」
「誰が悲しむんだよ」
「えーと、誰だろう……。うーん、ここまで出かかっているんだけれど……」
 もしかして、記憶を取り戻そうとしている?
 記憶を取り戻したら――あずさはどうなってしまうのだろうか。
 答えは見えてこない。ただの希望的観測に過ぎないのだけれど、僕は記憶を取り戻すことで、彼女の闇が見えてくるのではないか――そう思えてしまうのだった。

   ※

「……今日は三人とも登校していないようだ」
 部室。
 部長である野並がそう二人に語りかける。
「あの三人、休むような人間には見えなかったけれど……」
 言ったのは金山だった。
「……そうだな」
 それに続いたのは、池下だ。
「ちょっとトイレに行ってくる」
 池下は席を外し、図書室を後にした。
「……計画は順調のようね」
 通り過ぎようとしたところで、桜山が声をかけてきた。
 桜山の話は続く。
「今、彼らは茨城にある実家に潜伏している。そして調査員の報告によれば、予定通り、彼女の記憶が退行を始めているとも言われている」
「……そうか。ならば、やはり実験は成功だと言うことだな?」
 こくり、と桜山は頷く。
「難しいことかもしれない。けれど、今からでも計画を変更することは出来ないかしら」
 そう言ったのは桜山だった。
「変更とは? 元々、この計画には賛同的だったじゃないか。それを今更……」
「難しいことは分かっている。けれど、これは彼らにとって、やり過ぎじゃないか、と言いたいのよ! 上も何を考えているのかさっぱり分からないし……」
「桜山。俺達の目的は何だ? 一般市民を戦争に巻き込まないためだ。そのためなら、どんな非人道的行為だってやってのける。それが俺達の目的ではなかったのか?」
「彼は一般市民ではないというの!?」
「……彼はこの計画に『不幸にも』巻き込まれた人間ということにしておけば良い。それ以上のことは求めない。だから、俺達は存在している」
「だからって……」
「嫌なら、辞めれば良い」
 はっきりと。
 池下はそう言い放った。
「辞めれば良い、ってそんなこと簡単に……」
「出来ないのか? だったら口出しするな。これは『上』が決められたことだ。俺達はただそれに従っていくしかない。ただそれだけのことだ」
 そして、二人の会話は、半ば強引に終了するのだった。

 

夢と現実の狭間で ②

  • 2019/06/14 23:10

「だから! クスノキ祭はもうやっていないんだって!!」
「……え?」
「分かっただろう。クスノキ祭はもう開催していない。次は来年だ。僕達はクスノキ祭の臨時休日を利用してここに来ている。だから、何も間違っちゃいない。分かるか?」
「分からない……分からないよ。いっくんの言っていることが、私には分からないよ」
「分かってくれよ。お願いだ。僕は何も間違っちゃいない。正しいことしか言っているつもりはない。……分かってくれよ、お願いだ、頼む」
 それは、懇願に近かった。
 それは、祈りに近かった。
 それは、願いに近かった。
 出来ることなら、もうこれ以上僕に今の世界のことを聞いて欲しくなかった。
「……おい。ちょっと来い」
 僕を呼んだのは、祖父だった。
 祖父は長年建築業界に在籍していたが、定年を機に一軒家を購入し、現在に至る。年齢のせいで階段が上れないなどといった問題はあるものの、それでも元気に過ごしている。
 そんな祖父が、僕に何の用事だろう?
 僕はあずさとアリスにちょっと待ってくれ、と言って部屋を後にするのだった。

   ※

「……まあ、先ずはゆっくり姿勢を崩せ」
 椅子に腰掛けた僕は、未だ身体が硬かったように見えたらしい。祖父からそう言われて、僕は漸く楽な姿勢を取ることが出来た。
 祖父は話を続ける。
「お前が何を考えているかは知らない。のっぴきならない事情を抱えているのかもしれない。だが、俺達はそれについて何も言わなかった。何故だか分かるか?」
 分からなかった。
 答えが見えてこなかった。
「……分からないか。ならば、言ってやろう。答えはたった一つ、家族だからだ。どんな事情があろうとも、家族だからその我が儘にも付き合ってきた、と言えば良いだろうか」
 我が儘。
 そう言われてしまえば、それまでなのかもしれない。
 けれど、僕は我が儘を言ったつもりはない。
 彼女達を助けたい――ただその思いだけでここまでやって来たのだ。それを『我が儘』という一言で片付けられたくない。
「……我が儘でしょうか。僕の考えは」
「我が儘だ。はっきり言って、な。俺達に何も教えてくれず、ただ匿ってくれと言っている時点で、それは我が儘以外の何者でもない」
「……そうか。そうだよね。分かっているよ」
「そう、分かっているなら、有難い」
 何が有難いだよ。
 分からないから最初から切ろうという気満々じゃないか。
 やはり当初の計画通り一週間が過ぎたら何処かに移動しよう。迷惑もかけたくないし、このような言い方をされたなら猶更だ。
 それに――違和感を抱いた祖父や祖母が向こうに電話をかけてしまっているかもしれない。
 生憎我が家は不仲だからそんなことは有り得ないのだが、もしそんなことが起きてしまったら、もう最後である。
 部屋に戻り、あずさが僕に声をかける。
「いっくん、いっくん。クスノキ祭だけれど……」
「だから! クスノキ祭は終わったって言ったじゃないか!」
「いっくん……? 怖いよ、いっくん。何だか今日のいっくんはいっくんじゃないみたい……」
「いいや、僕は僕だ。それ以上の何物でもない」
 僕は頭を抱え込むことしか出来なかった。
 僕は――どうすれば良いのだろうか?
 逃げることは出来た。だから問題はそれからだ。それからどうすれば良いのか――ということについて。それが問題である。
 僕は、生きていく二人を守ることが出来ているのだろうか?
 答えは見えてこない。
 濃い霧の中に隠されてしまったような――そんな感覚だ。
 僕が探し求める答えは、必ずその中にあるはずなのに。
 けれど、僕の探し求める答えがあるかどうかははっきりと見えてこない。
 それが答えなのかどうかも分からない。
 それが現実かどうかも分からない。
 僕が見ているのは夢物語なのかもしれない。
 けれど――僕達は生きていくしかなかった。
 前を向いていくしかなかった。

 

夢と現実の狭間で ①

  • 2019/06/14 20:23

「来るなら来るって連絡してくれれば良いのに」
「ごめんごめん。急に行きたくなったんだ」
 僕は祖母にそう謝罪して、月餅を手渡した。
 ちなみに親戚には崎陽軒のシウマイを渡している。ほんとうはそちらを祖母に手渡したかったのだが、高い方をあちらに渡した方が良い、と言ってきたので月餅を渡すことに相成ったのである。相変わらずこの人は他人に対しての世間体を気にする立ち位置に立っている。
「……それで? 彼女達とはどういう関係なの?」
「それは……えーと、聞かないで貰えると助かるかな。あと、これから一週間ぐらい泊まるつもりだからさ」
 一週間。
 それが僕達に定められたタイムリミット。
 勿論、勝手に定めたタイムリミットであり、それ以上でもそれ以下でもないのだが。
「一週間? えーと、まあ、別に良いけれど……。着替えとか、あるかしら?」
「ないと思う。だから買い出しに行かないと」
「あらあら。それじゃあ、おじいさんに頼まないと行けないわねえ」
「そういうことか。……おーい、あずさ、アリス。今から服を買いに行くよ」
「どうして?」
「……どうして?」
 二人はほぼ同じ反応を示した。まあ、当然と言えば当然だろう。
「僕達はこれから一週間ばかりここに住むことになる。匿う、と言えば良いかな」
「どうして? ねえ、学校はどうなるの?」
「学校は休むことになると思う。でも、心配はしないでくれ。安心して過ごして欲しい」
「ねえ、どうして?」
 あずさが僕に語りかける。
 どうしてもこうしてもあるものか。
 僕達はこれから長い戦いを生き抜いていかないといけないんだ。
 双塔の覚悟を持って動かないと行けないことは分かっているけれど、今はただここに身を寄せるしかない。
「……なあ、あずさ。僕のことを信じてくれ。頼むよ。そうしないと君達が救われない」
「私達が救われないってどういうこと? 私と、アリスにいったい何があるというの?」
 言われたって、答えることが出来ない。
 かといって、冷たくあしらうことも出来る訳がない。
「分かっている。分かっているんだ。だが……、僕の言うことを聞いてくれ」
「だから、あなたの言うことってどういうことなの!?」
「頼むからっ!!」
 僕は気づけば、大声を出してしまっていた。
 部屋だけでなく、家全体に響いてしまうような、それぐらいの大声を。
「……頼むから、僕の言うことを聞いてくれよ。お願いだ」
 僕の言葉に、アリスは何も言わなかった。
 あずさは――それを聞いて俯いたまま、
「分かった」
 とだけ呟いていた。

   ※

 二日目。
 気のせいか分からないが、あずさの行動が徐々に過去に遡っている気がする。
 僕が昨日大声を出してしまったせいなのか、答えは見えてこない。
「いっくん、いっくん、今日はクスノキ祭だよ? 学校に行かないの?」
「違うんだよ、あずさ。今日はクスノキ祭じゃない。ただの平日だ」
「……いっくんの嘘吐き。今日はクスノキ祭だって」
「違うんだよ……違うんだよ、あずさ……」
「……、」
 アリスは僕とあずさの行動をただじっと眺めていた。
 自分には関係ない、とでも思っているのか?
 だとしたらそいつは大間違いだ。僕は、君達二人を助けたいと思っているからな。
「ねえねえ、いっくんは私のメイド服姿を見たくないの? だからクスノキ祭に行きたがらないの?」
「違う。違うんだよ、あずさ。クスノキ祭は終わったんだ。だから、行かなくて良いんだよ」
「……どういうこと? さっぱり分からないよ。いっくんの言っていることが」
 

逃避行のはじまり ⑬

  • 2019/06/13 16:36

 寝ていた。
 最初の一時間はあずさもアリスも景色を楽しんでいたのだけれど、新宿駅を過ぎた辺りでそれにも飽きてしまったらしく、ぐっすりと就寝してしまっていた。僕はというと、この電車が小山止まりではないため、起きておくのが必要十分条件だったという訳だ。というか、誰かが起きていないと、寝過ごしてしまう可能性が非常に高い。だったら、僕が起きていないと困る――という訳だ。普通に考えてみれば分かる話。あずさもアリスも小山駅のことを知らないのだから、自ずと起きるのは僕だけになってしまうのだ。
 という訳で。
 僕は景色を楽しむことに専念しつつ、時折スマートフォンでアプリをプレイしていた。大宮駅辺りまでは都会の風景が漂っているのだが、大宮駅を過ぎるとそれも一変。徐々に住宅街だったのが、畑ばかりの風景へと変化していく。神奈川県、東京都、埼玉県、栃木県と三県一都を経由している電車のため、乗客の変化も激しい。一番混んでいたのはやはり東京都を移動している間で、大宮駅を過ぎた辺りになるとそれも少なくなりつつあってきていた。
 四人がけの席を三人で占拠していることに罪悪感を抱きながら、僕はずっと電車に乗っていた訳なのだけれど、しかして、それが出来るのも遠距離電車である宇都宮線の特徴といえるだろう。湘南新宿ラインか上野東京ラインかの違いがある訳だけれど、どちらを通るのかは、本人の意思による。ちなみに空いている方が上野東京ラインだと思う。上野駅では意外と乗る人が少ない印象が強い。
「……暇だな」
 呟いたところで問題が解決する訳もない。とはいえずっとスマートフォンのアプリを遊んでいては、電池が切れてしまう。だから僕はずっと景色を眺めていたのだが、これ自体も初めてのことではないので、やはり飽きが来てしまう。
『間もなく小山、小山です。新幹線、水戸線、両毛線はお乗り換えです』
「おっと、もうそんな時間か」
 僕は二人を起こして、降りる準備をする。未だ眠たいのか、目を擦りながら、あずさは言った。
「もう降りるのー?」
「もう、って言っても三時間ぐらいは乗っているんだぞ。とは言っても、あとこれからもう少し乗るんだけれどな」
「乗るって何処まで?」
「下館、って場所まで」
「しもだて?」
「うん。そこに行けば実家までもう少しだ。……問題は水戸線の電車がいつ発車するかなんだけれど」
「どういうこと?」
「水戸線は本数が少ないんだよ。年々減って、とうとう二時間に一本まで減少してしまった。江ノ電とは大違いだ」
「二時間に一本……」
 あずさはそれを聞いて目を覚ましたのか、目を丸くしている。
 もっとも、アリスは未だその意味に気づいていないようだったが。
 小山駅に降りると、既に十五番ホームには電車がやって来ていた。
「もう来ているな! 急がないと乗り遅れるかもしれない。急ぐぞ!」
 僕は走り出す。
「ま、待ってよー!」
 あずさとアリスは僕を追随するように走って行く。
 そして電車に乗り込むと、僕達は漸く安堵の溜息を吐くことが出来た。
「ふう……。何とかなった……」
「下館までどれくらいかかるの?」
「十五分ぐらいかな。それ程時間はかからないはずだよ」
「だったら、立ちっぱなしでも問題ないね」
 電車は混んでいて、座れるスペースもないようだった。二時間に一本ともなれば、乗客も増えていくのは当然といえばそれまでだろう。
 僕はそんなことを思いながら、電車に揺られるのだった。

 ※

 下館駅。
 そこから歩いて徒歩五分に、実家はあった。実家は二階建てで、一階は貸している。今は美容室になっているんだったかな。僕も詳しい話は聞いたことがない。何せここを購入したのは叔父さんで、叔父さんが所有権を持っているからだ。かつてはここに暮らしていた時期もあったのだけれど、僕の部屋は未だ残っているのだろうか?
「あらあら、急にどうしたの。いらっしゃい」
 急にやって来たにもかかわらず、祖母は僕達を受け入れてくれた。
 時刻は午後三時を回った辺り。ちょうどこれから親戚の家に向かうのだという。ついていくか、と言われて、僕達もそれに了承する。
 一先ず、安息の地へと辿り着いた。
 ……いつまで続くかは分からない、逃避行のはじまりだ。

 

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