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番外編 六月二十四日③

  • 2019/06/24 22:12

 屋上。
 パーティが終わり、僕達は屋上に来ていた。
 勿論許可など取っていない。
 先生か誰かがやって来たら即終了、というチキンレースじみた観測会の始まりである。
「……見えますか? UFO」
「うーん。どうだろうね。なかなか見えないね……。やっぱり、瑞浪基地からUFOはもう発射されなくなったのかなあ……」
 部長は悲しげな表情を浮かべながら、望遠鏡を眺めているのだった。

   ※

 これからは後日談。
 というよりも言い訳のような何か。
「……あのねえ。部活動は生徒会選挙の間は禁止されているはず、というのは知っていると思ったのだけれど?」
 今日の宿直は、どうやら桜山先生だったらしい。
 桜山先生曰く、一階を回覧していたところ、屋上でカメラのフラッシュめいた光が見えたので、こちらに向かってきた――ということらしいのだ。
「知らなかった、とは言わせないわよ? 野並くん。……まあ、あなたは特に『大事』な時期なんだから、こんな無茶しない方が良いと思うのだけれど」
 そう言って、部長の頭を撫でる桜山先生。
「……申し訳ございませんでした。責任は、全ては僕にあります。彼らには問題ありません。ですから、彼らには罰を与えないでください」
「私しか居ないから問題ないわよ。……今日の観測会はこれでお終い。時間が遅くならないうちにさっさと帰る。それで良いわね?」
 こくこく、と頷くみんな。
 そういう訳で、僕達はさっさと片付けを済ませ、家に帰るのであった。
 これは、そんな六月二十四日の――一日の物語だ。

 

番外編 六月二十四日②

  • 2019/06/24 21:17

 という訳で六月二十四日――僕はあずさとアリスとともに近所のスーパーに買い出しに行くのだった。電子レンジや冷蔵庫はない訳だから、当日に購入しないと問題がある、という訳。まあ、お金は全員で出して一万円。それだけあればそれなりのパーティを行うことは出来るだろう。
「……こういうのは女性陣がやるべきだと思うのだけれど」
「何言っているの。室内の飾り付けは二人で充分って言うから暇だったいっくんを呼び出したんじゃない。私達にもっと感謝して欲しいぐらいだと思う訳だけれど」
「……そう。私達にもっと感謝するべき」
 あずさとアリスはお互いにそう言った。
 何というか、ほんとうにお似合いだな二人とも。
「えーと、購入するのは五人分の弁当とジュース、それにつまめるお菓子……。これじゃ、パーティというより夕食の延長線上みたいだな」
「はいはい、そんなことは言わない。私達はやるべきことをやるだけなんだから」
「そういうものか?」
「そういうものよ。ささっ、急いでやっちゃいましょう。私達にはやるべきことをやるだけなんだから」
 そう言われちゃ、仕方がない。
 僕はそれに従って――五人分の弁当、それにジュース、つまめるお菓子、紙コップを購入するのだった。

   ※

 図書室副室に戻ると、折り紙で色とりどりなリングが教室の至る所についていた。
「……これを二人だけでやったんですか?」
 何というか、もう一人ぐらい居ても良かったような気がするけれど。
「そうだ! 僕達二人でやるには充分時間がかかったが、何とか間に合ったな!」
「……昨日からやっていたんだから、充分間に合う計算だったんじゃなかったのか?」
「それもそうだな! ……ところで、弁当は買ってきたのか?」
「はい。……と言っても唐揚げ弁当しか売っていなかったんですけれど」
「時間も時間だからなあ……、致し方あるまい。まあ、こういうのは雰囲気で楽しむものだ!」
「ところで、この後UFOの観測をする訳ですけれど」
「うん?」
「屋上の許可って貰ったんですか?」
「……貰える訳がないだろう? この時期に」
 ということは、無許可で行うということか!?
 先生に見つかったらなんと言われるか……うう、考えるだけでも恐ろしい。
「まあ、何かあったら僕に全責任を押しつければ良い! とにかく、パーティを始めようじゃないか」
 そう言われてしまったので。
 僕達は図書室副室の唯一のテーブルに弁当、ジュース(オレンジジュースとリンゴジュース、それにお茶の三種類)、お菓子、紙コップを置いていく。
「おっ、言わなかったけれど紙コップも買ってきてくれたのか。手際が良いねえ、いっくんは」
「……だって紙コップなんて準備していないでしょう」
「そりゃその通りだ」
 そうして。
 僕達はパーティを粛々と執り行うのであった。

 

番外編 六月二十四日①

  • 2019/06/24 18:46

「六月二十四日は、UFOの日と呼ばれている」
 ……そうですか。
 六月二十一日の放課後。
 突然部長が立ち上がり、何を言い出すかと思いきやそんなことを言ってきた。
 もしかして生徒会選挙の疲れでとんでもないことを言い出しているのではないか――なんてことを思っていたけれど、どうやらそんなことは関係ないようだった。
「いっくん、驚かないのかね! UFOの日ということは、我が宇宙研究部にとっても素晴らしい日であるということを! そして、その日を迎えるということが大変光栄であるということを、だ!」
「そんなことを言われましても」
「だから、僕達は何をするか、分かっているかな?」
「はいはい。どうせ、UFOの観測をするんでしょう」
 言ったのは、ほかでもない、僕であった。
 だってそれ以外案件が思いつかないし。
「どうせ、とは何だ! どうせ、とは! 僕は真面目に話をしているんだぞ」
「そうですか……。そう言われても困るところがあるというか」
「困る? 何がだ?」
「だって、いきなり三日後に何かやるって急過ぎやしませんか? 僕達一年生はまだしも、先輩達は生徒会選挙の準備があるんじゃないですか?」
「生徒会選挙は七月だ。それに準備をするのは僕達じゃない。生徒会が中心となって行う、選挙管理委員会だ。だから僕達は何の関係もない。……まさか、生徒会選挙の準備の間、ずっと観測活動をしないと思っていたのかね?」
「ええ、しないと思っていましたよ」
 言ったのはあずさだった。
 あずさもはっきりと物事を言う人間だな、と思いながら僕は話を続ける。
「それに、生徒会選挙の準備中は部活動も自粛ムードに入るはずでしたけれど?」
「ムードはムードだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そんなものですか。……ってか、候補者が自らルールを破っても良いんですか?」
「ルールは破るためにあるんだ。それがどうしたって言うんだ」
 あ、この人を会長にしちゃ不味い気がした。
 けれど、生憎関係性を持ってしまった訳だしなあ……。もし宇宙研究部がなかったら、あっという間に関係性を途絶えさせてしまいそうなところがある訳だけれど。
「そういう訳で、六月二十四日は、パーティを開く! 場所はこの図書室副室。そしてパーティが終わり次第、UFOの観測に移るぞ! パーティの概要について説明するが……」
 駄目だ、この人。もうパーティの準備に取りかかっている。
 ここまで来たら、もう止めようがない。そう思った僕達は、溜息を吐きながらその言葉に耳を傾けるのだった。

 

僕のポケットは星でいっぱい

  • 2019/06/18 20:33

「宇宙研究部は廃部にすることにしたんだよ」
「……えっ?」

 いや。
 いやいやいやいや。
 どういうことだよ。
 全然理解できねえよ。
 いったい全体、どういうことなんだよ。

「いっくんも池下も、伏見も高畑も居なくなってしまって気づいたんだ。僕達がやることは部活動よりも、もっと重要なことがあるんじゃないか、って」
「それが……もしや、生徒会ですか?」
「ご明察」
「生徒会の仕事を優先して、部活動を潰したんですか?」
「もともと僕と池下の個人的な活動だった側面が強かったしね。池下が居なくなったら、カメラ係も居なくなるし、一緒にUFOのことを語れる人間も居なくなるし……。だから、仕方ないことなんだよ。それは、そう受け取って貰えるしかない」
「そんな……」
「君は……そうだな。クイズ研究部とか入ったらどうだい? 確か、同じクラスの二人が部長と副部長を務めていたし、部員も募集していた。だったらその部活動に入るのが一番だと思うんだけれど」
「宇宙研究部を残すつもりは……毛頭ない、ということですか」
「うん。残念ながら、ないね」

 僕は落胆した。
 彼女達のために、居場所だけでも残しておきたいと思ったのに、それすらも奪われてしまうのか――と落胆してしまった。

「……どうした? そんなに落胆して。何かあったのか? そういえば、いっくん、君も一週間ぐらい休んでいたけれど、病気でも抱えていたのかな? だったら、その病気は治ったのか?」
「……分かりました。大丈夫です。ありがとうございました」

 僕は落胆したまま、図書室副室を後にした。
 きっと、部長――野並さんと二度と会うことはないだろう。
 これが、今生の別れって奴だ。
 そう思いながら、僕は最後の悪あがきと、ニヒルな笑みを浮かべた。


   ※


 その後の話を簡単に。
 僕はクイズ研究部に入部することになった。元々、この中学校は全員が部活動に入部することが決まりになっており、とどのつまりが、宙ぶらりんになっていた僕は、何処かの部活動に入るしか道がなかったのである。もう一つの選択肢といえば生徒会に入るか、という点が挙げられるけれど、もう野並さんの顔をあまり見たくはなかった。
 そして夜。
 僕はあずさから貰った星のペンダントを眺めながら、外を見ていた。
 今日も、きっと彼女達は空を飛んでいる。
 今日も、きっと彼女達は戦い続けている。
 今日も、僕達は知らぬままその恩恵を受け続けている。
 そう思いながら――僕はペンダントをポケットに仕舞い込んだ。
 星空は、このペンダントだけで十分だ。僕のポケットには星空が広がっている。
 そんなときふと、チカチカ、と照らす光が見えるのを気づいた僕は、それに手を振った。
 きっと見えることはないのだろうけれど。
 それは気のせいだったのかもしれないけれど。
 UFOは今日も僕達の平和を守っている。そう思いながら、僕は空から目線を外した。

 

ブラックボックス ⑩

  • 2019/06/18 19:44

「僕を、見ないでくれ……」
 気づけば、僕は泣いていた。
 気づけば、僕は涙を流していた。
 それが、何の意味を生み出すのだろうか?
 分からない。分からない。分からない。
 答えは、見えてこない。
「……なあ、いっくん。俺は君の答えに少し期待したんだよ。少しは何か違うアイディアを出してくれるんじゃないか、って思いもしたんだよ」
 落胆する僕に、ぽんと肩を叩く池下さん。
「だが、結果はこれだ。君は彼女達を救えない。君は世界を救えない。君は何も出来ない。ただの人間だった、ということだ。神童でも何でもない、君はただの人間だ。それ以上でもそれ以下でもない。……分かりきっていたことだったんだ。君に期待した俺が馬鹿だったのかもしれない」
「池下くん」
 兵長の宥めるような声を聞いて、僕は漸く顔を上げる。
 あずさとアリスは――今もなお、僕を見つめていた。
 そんな顔で、僕を見ないでくれ。
 そんな目で、僕を見つめないでくれ。
 そんな表情で、僕を眺めないでくれ。
 ……ああ、そんなことが言えたら、どんなに楽だっただろうか。
 僕はそんなこと口に出来るはずがなかった。
「君は何も出来ない。それが証明出来ただけでも良いことだったんじゃないかな?」
 池下さんはさらに僕を追い詰める。
「君は、何もしなくて良い。それで良いんだ。それで良いんだよ、全て」
「……何か出来ることは残されていない、というのですか」
「残されていないね。残念ながら。そして、君の『活動』もこれでお終いだ。最後に、彼女達に言いたいことはないかね?」
 それを言われて――僕は何も言えなかった。
 言いたいことはいっぱいあったはずなのに。
 伝えたいことはたくさんあったはずなのに。
 今になって――言葉が一切出てこないのは。
 何故だ。何故だ。何故だ――。
 僕は自分に語りかけて――そこで、あずさからぽつり、言葉が聞こえてきた。
「……ありがとう」
 それを聞いて、僕は何も言えなかった。
 ……ありがとう、だって?
 僕はあの『日常』を破壊した、張本人なんだぞ?
 だのに、彼女はそんなことを口にした。
 どうして、そんなことを言ってくれるんだ。
 どうして、そんなことを口にするんだ。
 どうして、そんなことを言ってしまうんだ――。
「そして、さようなら……」
 彼女はそう言って。
 立ち上がり。
 僕を見つめたまま――僕から離れていく。
 アリスも、僕を見つめたまま動かなかったが、やがて一礼すると、そのままあずさについていく形になった。
 僕は、泣いた。
 言葉に出来ないぐらい、泣いた。
 涙を流し尽くしたと言っても良いぐらい、泣いた。
 けれど、それが現実。
 けれど、それが全て。
 けれど、それ以上は何もない。
 僕には……何も出来なかった。

   ※

 これからは後日談。
 というよりただのエピローグ。
 僕は次の日、一週間ぶりに学校に足を運ぶことにした。不登校にはならなかった。少しでも彼女達が居たという気持ちを残しておきたくて。
 彼女達は突如転居ということが先生から伝えられた。先生は何も知らないのだ。彼女達が自衛隊の人間で、空飛ぶ円盤型の飛行物体『ブラックボックス』の搭乗員で、それに乗り込む任務のためにここから離れた、ということを――。
 放課後、僕は図書室副室にやって来ていた。
 宇宙研究部はいつも通り続けてくれている、と思ったからだ。
 けれど、そこには何もなかった。
 そこには、空っぽの教室が広がっているだけだった。
「おっ、いっくんじゃないか。ちょうど良いところに居た」
 声をかけられ、振り返る。
 そこに立っていたのは部長だった。
「部長……。あの、宇宙研究部は……」
「ああ、宇宙研究部はね」
 部長は、何かを言おうとしている。
 やめろ。やめろ。やめろ。
 まさか、そんなまさか……。
 そして、部長は――はっきりと言い放った。
「宇宙研究部は廃部にすることにしたんだよ」

 

ブラックボックス ⑨

  • 2019/06/18 19:25

 瑞浪基地にある飛行場。
 そこに僕と、池下さんと、兵長は立っていた。
「何処に、彼女達は居るんですか」
 僕は手錠をかけられていた。
 これじゃまるで犯罪者だ――と思ってしまう程だったけれど、それも致し方ないことなのだと、受け入れるしか道はなかった。少なくとも、僕に残された道は、目の前の道を真っ直ぐ進むしかなかったのだ。
「そこに居るだろう。今、ちょうど『映像』を見ているところだ」
「映像?」
「……聞こえてこないか? 映像の断片が」
『……頑張れよ!』
『お前達は、俺達の希望なんだよ!』
 そんな声が、耳を澄ますと、聞こえてくるような気がした。
 そして、あずさとアリスの姿を捉える。彼女達はパイプ椅子に腰掛けて、何かビデオを見せられているようだった。
「ちょうど良い。君も見ていきたまえ。彼女達がどういう精神状況だったか判断出来るはずだ」
 そう言われて、僕はテレビの画面を見つめる。
 そこには大量の自衛隊員が映っており、一人一人何かの挨拶をしているように見受けられた。
『貴方達は、私達自衛隊の誇りです。だからどうかその誇りを捨てないで』
『貴方達は、未来そのもの。貴方達は、この国の希望そのもの。だから、頑張って』
「何だよ……何だよ、これって」
「これが、彼女達に見せていた『映像』の正体だ」
「……何だって?」
「彼女達に、精神を鼓舞させるような映像を見せる。それによって、彼女達は、自分達しか残されていないのだということを自覚させる。それが、この計画の全てだ」
「あんた……、自分が何を言っているのか分かっているんですか!?」
「……分かっているよ。分かっていて、これを続けている」
「じゃあ!!」
「なら、どうやって代替案を用意するつもりかね?」
 池下さんの言葉は、ひどく冷たかった。
「分からないか? 俺が言いたいことを。分かりきっていない、とでも言いたげな感じだな。どちらにせよ、この世界はもう彼女達に任せるしか道がないんだよ。神様から与えられた知恵の木の実……『ブラックボックス』を使役出来る唯一の人材である彼女達にね」
「それは、変えることは出来ない、ということですよね」
「変えることは出来ないね。簡単に考えてみろ? この世界と、彼女達二人。君はどちらを秤にかけて守り抜くつもりかね? この世界がどうなろうったって良い、というのなら、今すぐ彼女達を解放しても良いじゃないか」
「ちょっと、池下くん! 君は何を言っているのか分かっているのかね!?」
「分かっていますよ、兵長。俺は彼を試しているんです」
「試す?」
「試してみたいとは思いませんか。彼がどちらを選択するのか」
「……勝手にしろ。だが、解放は認めんからな。私の許可がない以上、それは出来ないことだけは分かって貰おう」
「それは……仕方ないことだね。じゃあ、どっちを選ぶ?」
 どっちを選ぶ、って。
 そんなこと、分かりきっていることじゃないか。
 僕は――選べない。
「選べない」
「何だと?」
「僕はどちらも選べない! 僕は、この世界も、彼女達も守りたい」
「傲慢だな、それは」
「傲慢……ですか。僕が」
「そうだ。傲慢だ。それ以上の何物でもない。君は傲慢この上ない発言をした。分かりきっていることだとは思っていたくせに、君は、どちらも守りたいと言った。そんなこと出来ると思っているのか? 出来る、と彼女達に言えるのか?」
 映像は気づけば終わっていて、彼女達は僕を見つめていた。
 あずさとアリスは、僕を見つめていた。
 やめろ、やめろ、やめろ。
 見るな、見るな、見るな。
 僕を――見ないでくれ。
 

ブラックボックス ⑧

  • 2019/06/18 07:05

「しかしだね。あれは機密情報だ」
「良いでしょう、ここまで機密を話したんだ。あれぐらい見せても何も変わりゃしない」
「……君がそう言うならば、そうしよう」
 そう言って、PDFをクローズする兵長。
 デスクトップにある散乱されたフォルダの中から一つを選び、クリックする。
 そして、一つの映像ファイルを選択して、クリックする。
 やがて動画が表示され、再生される。
 そこに映し出されていたのは――。
「空飛ぶ円盤……。これが、これが『ブラックボックス』……」
「そう。これこそが『ブラックボックス』だ。そして、良く見ていたまえ。これから起きる出来事を」
『では、今から「ブラックボックス」に銃弾を発射します。パイロット、問題ありませんね?』
 チカチカ、と円盤の正面から何かが光った。
 それを見て確認したのか、白衣の科学者は頷くと、銃を持ち、それを『ブラックボックス』に向けて――撃ち放つ。
 パン、パン、パン、と。
 乾いた銃声が鳴り響いた。
 それだけのことだった。
 刹那、銃弾が三つパラパラとこぼれ落ちた。
『実験は成功です。無事、「ブラックボックス」周囲の物理法則を書き替え、兵器を無力化することに成功しました。これが、大きな兵器でも成功するかは未知数ですが、可能性は高いものと思われます。以上、報告を終わります』
 映像はそこまでだった。
「分かってくれたかね?」
「……これが、『ブラックボックス』に秘められた機能、だと言うんですか」
「そういうことだ。君ならば、機密を漏らすことはないだろう。そう判断した。だから、私の命令で今見せたことになる。……それ程気になるなら、実物を見るかね? ちょうど今から、パイロットが出撃するところだ」
「……パイロット……。あずさが……アリスが……出撃するんですか? でも、未だ、『北』からの攻撃は来ていないんじゃ……」
「それは君達が思っているだけのことだよ。実際には、既に『北』からの攻撃は日々やって来ている。ほら、テレビのニュースで言っているだろう? 弾道ミサイルが日本海に落下しただの言っている、あれだ」
 確かに、それなら聞いたことがある。
 でも、それって――。
「それも、『ブラックボックス』が物理法則を書き替えているから、出来ていることだと……?」
「そういうことになるね。……いやあ、最近の若者は物わかりが良くて助かるよ。こんな感じの部下が欲しかった」
「……それは俺に対する文句と受け取って良いですかね?」
 池下さんは兵長を睨み付ける。
 ……なんだかんだ、この二人は良いコンビなのかもしれない。
 しれない、と思っているだけに過ぎないけれど。
「さて、君の回答を聞こう。……今から、『ブラックボックス』が出撃する。その前に、パイロットに挨拶したいことがあるなら、時間を与えようではないか。どうだ? 挨拶していくか?」
 まるで、転校する生徒に挨拶していくか、と言わんばかりの軽さだった。
 でも、二度とあずさとアリスに会えない――そんな気がして。
 僕はそれに、頷くことしか出来なかった。

 

ブラックボックス ⑦

  • 2019/06/18 06:39

「結果、どうなったと思う? いいや、言わずとも分かるだろうよ、今のいっくんなら。彼女に齎されたことが、何であるか」
「……記憶の『復活』」
「そういうこと」
「彼女達にヒヤリングをしたが、やはりあの『日常』は彼女達にとって救いになっていたようだ」
 言ったのは、兵長と呼ばれた老齢の男性。
「……つまり、僕がぶち壊さなかったら、永遠に彼女達は平穏に暮らせた、ということですか」
 或いは、もっと別の未来が待っていたのかもしれない。
「いいや、それは有り得ないね」
 しかし、それをぶち壊してきたのは池下さんだった。
「何故か、って顔をしているね、いっくん。だって当然だろ? 彼女達は、アメリカと日本が共同開発した超未来型兵器『ブラックボックス』唯一無二の搭乗員という人材だ。その人材を二人も流出させたとなったら、日本のメンツが保たれない。それこそ、今度は米軍から全員拠出するなんて言われかねない」
 ははあ、つまり。
 僕は日本のメンツという『くだらないもの』のために、利用されたということか?
「……くだらないですね」
「何だと?」
「くだらない、って言っているんですよ。貴方達が考えていることが」
 刹那、身体が吹っ飛んだ。
 床に叩き付けられた。
 誰かに――言わずもがな池下さんだということ――殴られたのは、最早完全に分かりきっていたことだった。
「池下……! 貴様、何をしているのか分かっているのか」
「兵長がやらないなら俺がやっていましたよ。どちらにせよ、殴りたかった気持ちはあったでしょう」
「それは……」
 あったのか。
 だろうな。こんなぴーちくぱーちく言う人間なんて五月蠅くて鬱陶しいはずだ。
「……それに、いっくんは少し言い過ぎだ。この国のことをくだらないと言ったのと同じことだ」
「それの何が間違いなんですか?」
 起こされると思いきや、そのまま腕を放された。
 僕の身体は再びコンクリートの床に叩き付けられる。
「ごほっ、ごほっ。流石に言ってからやってくださいよ……」
「言ったらやって良いのか……。それはさておき、お前は少しこの国に無関心過ぎる」
 それがこの国の若者だろうが。
 この国の未来なんてどうだって良い。自分の未来さえ平穏で良ければ、後はどうだって良い。
 それが未来であり、それが基礎であり、それが平和である。
「……仕方ないことだろう、池下。この世界を変えるためには、やはり起こすしかないのだ」
「起こすって、何を?」
 今度は腕を伸ばしてくれなかったので、自分で立ち上がり、椅子を組み立てて、そのまま座り込む。
「決まり切っている。……戦争だ」
「……この国は戦争を起こせないはずですが?」
「知っているよ、当然だろう? だから、この国には戦争を起こさせない。『北』に戦争を勃発させて貰う。それぐらい分かりきった話だろう?」
 ああ、もう。
 この人達には常識という言葉は存在しないのか。
 存在しないんだろうな、うん。
「それって、僕達の平和は守られるんですか」
「自衛隊がこの身をもって、戦争を国土には持ち込まないことを約束しよう」
 いや、約束しよう、って。
 それは向こうには関係のない話なのでは。
「何と言えば良いのかな……。確かに『北』とアメリカ、我が国はその中立的位置に立っている。無論、立場的にはアメリカの味方をしている訳なのだがね。だから、『北』と戦争を始めた場合、一番先に狙われるのはこの国だ」
 ほら、見たことか。
 やっぱり約束なんて出来ないじゃないか。
「だが……そのための『ブラックボックス』だ、と言えば?」
「……どういうことですか?」
「『ブラックボックス』は周囲の物理法則を書き替えることが出来る。それはつまり、、敵勢力の攻撃を『零にする』ことも出来るのではないか?」
 物理法則を書き替えるって、そんな漠然なこと出来るのかよ。
 さっきも言っていたけれど、やっぱり、そんなこと信じられない。
「信じられないですよ、そんなこと。何でそんなことが出来るんですか。全然理解できません」
「理解しなくても良い。それが世界のためならば」
 狂っている。
 確信した。この人間どもは狂っている。
「彼に『実験映像』を見せてあげれば解決するのではないですか?」
 そう進言したのは、池下さんだった。
 

ブラックボックス ⑥

  • 2019/06/18 00:41

 ……何だって?
「言っただろう? 彼女は『記憶』を解放した、と。ということはだね、彼女は『記憶』を封印したんだよ、自らの手で。何の記憶を? そんなこと、言わずとも分かる話じゃないか。『ブラックボックスの搭乗員だった』という記憶を、だね」
 どういう、ことだ?
「分かっていないようだから、ゆっくりと説明してあげようか。……先ず、『ブラックボックス』の搭乗員であるナンバーワン、メンバー名伏見あずさは五月下旬のある日に自殺未遂を起こした。首吊りだ。奇跡的に一命は取り留めたが、脳に記憶障害が残ってしまった。それが、『ブラックボックスの搭乗員』だったという記憶、そして自衛隊の一員として存在していた、という記憶だ。彼女にはその記憶がすっぽりと……そう、すっぽりと抜け落ちてしまったんだよ。だから、第一段階として、彼女を中学校に送り込んだ。それが、第一段階」
 第一段階。
「次に、自衛隊の手下になり得る存在を中学校に派遣する。それが、俺、桜山兵長代理、そして、今池監査官の三名だ。そこまでは理解できているかな?」
 こくり、と。
 頷くしか出来なかった。
「剣呑剣呑。……あれ? 剣呑ってこんなタイミングで使う単語だったっけ? まあ、それはいいや。続いて第三段階、自衛隊の自由になりそうな人間を派遣した。それがいっくん、君だよ」
「どうして、僕が……」
「お父さんが瑞浪基地に務めていることは知っているかな?」
「……メールを見たから、知っています」
「なら、話は早い。彼も『協力者』だよ。瑞浪基地に所属させた段階で、計画は既にスタートしていた」
「つまり僕は最初から、踊らされていたということですか……」
「次に、第四段階」
 池下さんは僕の話を無視して、話を続けた。
「対象と、自由になりそうな人間Aの接触を図る。これは一日目に既に完了している」
「宇宙研究部に誘ったのも……」
「それは、彼女の意思だ。『ブラックボックスの搭乗員だったことを知らない』彼女の、意思」
 怖くなってきた。
 聞きたくなくなってきた。
 その真実に――もう気づきたくなかった。
 でも、気づかされるのだ。気づくしか道がないのだ。
 僕には――それしかもう道が残されていなかったのだ。
「そして、第五段階。宇宙研究部の存在だ。あれは俺が野並に持ちかけた。もともとUFOだの何だのが好きだった奴を使うつもりだったからな。……ああ、安心して貰って構わないよ、野並は全く無関係の人間だ。とどのつまりが、関係者じゃないって話」
「宇宙研究部も最初から、彼女の記憶を取り戻すための……デコイだった?」
「ご明察」
 そこまで言ってパチンと指を弾く池下さん。
 もう答えは分かりきっていた。
 答えはもう見えきっていた。
「となれば、君にももう答えは見えてくるんじゃないかな? 第六段階、ナンバーツーとの邂逅。これは予めUFOの実験を見せることでUFOが居ると感じ取らせた。思えば分からなかったのかい? UFOを見つけたのは『僕達』だと言っていただろう?」
 あ。そういえば、そうだった。
「だから……ナンバーツーの邂逅は簡単だった。簡単に宇宙研究部に潜り込ませることが出来た。ちなみにあのクラスの徳重、あいつは無関係だからね。それも一応言っておこう」
 無関係だったのか。
 僕的には、最早関係者であって欲しかったけれど。
 さらに、池下さんの話は続く。
「そして、第七段階。彼女達を交えて宇宙研究部は『一夏』の思い出を作らせる。それが脳の記憶障害を軽減する唯一の方法だと考えられていた。はっきり言ってしまえば……彼女達の精神状態は、既に鬱状態にあった。見ていて分からなかったか? アリスが常に暗かったのを」
 ああ、確かに……。
 今思えば、暗かったのってそういう理由があったのか。
「そして、第八段階。これは賭けだった。けれど、俺達は賭けに勝った」
「……僕が、彼女達を連れ出すこと」
「ご明察」
 パチンと指を弾く池下さん。
 正直ムカついていて殴りたかったぐらいだったけれど、話を聞き続けることにした。
 そうしないと、何も始まらないような気がして。
 

ブラックボックス ⑤

  • 2019/06/18 00:22

「ロズウェル事件が起きた後、空飛ぶ円盤型の飛行物体、その開発が進められた。しかしながら、現代に至るまで有人の飛行物体を開発することが出来なかった。……何故だか分かるか?」
「さっき言った、『ブラックボックス』に存在するブラックボックス、が何か関係するんですか?」
 ややこしいな。
「そうだ。そのブラックボックスは解明することが出来なかった。結果的に解明出来たのは十五年前のことになる。結果的に思いついたのさ。宇宙人がやってこないなら、宇宙人を使役出来ないなら、宇宙人に似た遺伝子情報を持つ存在を作ってしまえば良い、と」
「疑似的に宇宙人を作り出した……ってことですか」
 何だよそれ。
 何なんだよ、それ。
 日本の科学力は何処までぶっ飛んでいるんだよ。
「そうだな、そうとも言えば良いだろう。……でもね、宇宙人の科学力は我々を遥かに凌駕していた。例えば、『周囲の物理法則を書き替える』ようなことだって出来たと言われている。まあ、それが実際に出来ているかどうかと言われると話は別だがね」
 何だよ、それ。
 それって最早、神の所業じゃないか。
「なあ、いっくん。俺は思うんだよ。宇宙人なんてほんとうは居なくて、ほんとうは神様が人間に齎した知恵の木の実なんじゃないか、って。例えば、もしそれがほんとうだとしたら、人間はそれを実現出来るだけの力を持ちうるのに、何十年もかかってしまった訳なのだけれど」
「……神様が齎した、知恵の木の実?」
 何かそういう宗教があったような気がする。
 何だろう、確か名前は……ゾハル?
 詳しいことは歴史の教科書にしか書いていないからさっぱり分からないけれど――僕が分かるのは、その宗教が新興宗教ではなくれっきとした宗教に数えられているということ、キリスト教以上の歴史を持っているということ、キリスト教に次ぐ人気を持っているということ。人気というのはどういうことだ、って話になるのだけれど、まあ、要するに国境を越えるのが宗教と言えば良いのかな?
「確か、知恵の木の実をモチーフにした宗教があったね。それを信じるつもりは毛頭ないけれど……、彼らの神が存在するのは明らかだと俺は実感しているのだよ! だってそうだろう? そうじゃなければ、この世界は科学力を一段階上に進めることは出来なかった!」
 つまり、この世界の科学力を上げるために、神様が無理矢理人間に与えてくれた、と?
 何を言っているのかさっぱり分からない。ここまで来たら、最早それは演説に近い。
「神様が与えたもうたものは、最早奇跡に近い。それが、あの空飛ぶ円盤であり、『ブラックボックス』なんだよ」
 さっぱり分からない。
 さっぱり分からないよ。
 何だって言うんだよ、それが。
 それが現実であるとして――科学力がどれ程進歩するのか分からないけれど――少なくとも今は僕達には関係のないようなことに思えてきて――。
「もっとも、これが実用化出来るようになるのは、あと五年はかかるだろうね。これから軍用の機械を開発しているメーカーが卸を開始する。そうすれば、この世界の科学力は一段階向上するだろう。まあ、何処まで進むかは分からないけれどね」
「分からない、というのは?」
「言わずもがな。……俺達の世界がどれだけ先に進むかは、お偉いさんが決めることだよ。俺達が決めることでも、科学者が決めることでもない」
 はっきり言った。
 その通りだった。
 確かに、そうだった。
 この世界は、既に一部の強者によって支配されている。それを変えるならば、世界の仕組みががらっと変わってしまうような何かを使ってしまうしかない。
 例えば……核爆弾とか。
 考えが、アバウト。それでいて危険過ぎるか。
「この世界の仕組みを変えようと思っている人間は、君が思っている以上に多い。そして、それでいて間違いではない、と思う。それが正しいかどうかは別として」
「別として……?」
「世界は、さらに先へ進もうとしている。そしてそれは瞬間的であり、ゆっくりとしたものではない。……分かるかね? 世界は先に進むためには、さらにもうワンポイント必要なんだよ」
「ワン……ポイント?」
「それが、世界の支配者が実行するか否か、ということ。この技術を軍用のみにするのか、民間にも適用するのか。その差分だね。まあ、俺達には窺い知れないところがある訳だけれど」
「それを……なんとかすることは出来ないんですか」
「何を? 神の所業を? それとも『ブラックボックス』を?」
「『ブラックボックス』を……です。彼女達をなんとかすることは出来ないんですか。解放してあげることは」
「いっくん、分からないかなあ?」
 池下さんはくすくすと笑みを浮かべて、言った。
 僕の目の前で、まるで食べ物をお預けしているペットに言うかの如く、言った。
「……その『日常』を破壊したのは、いっくん、君じゃないか」

 

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